2014年09月01日

「ピーマンはなぜ空っぽか」明峯哲夫



赤い胡椒

 ピーマンはなぜ空っぽか。ピーマンはトウガラシの仲間。この謎解きはトウガラシの物語から始まる。

 コロンブスによる“新大陸発見”の船旅は、もともとスペイン王の命を受け胡椒を求めてインドを目指すものだった。彼は現在の西インド諸島をインドと間違え、胡椒の代わりにトウガラシというもう一つの重要な香辛料を“発見”し、ヨーロッパに持ちかえる(1493年)。こうして新大陸原産の植物トウガラシはその後世界中で栽培されることになった(注1)。英名で胡椒はpepper、トウガラシはred pepperであるのはその辺のいきさつを表している。トウガラシはナス科で、胡椒はコショウ(コショウ科)の実。両者は植物学的には全く異なる。一方和名のトウガラシは「唐(外国)から来た辛子」という意味(注2)。辛子はカラシナ(アブラナ科)の実、トウガラシとは関係ない。このように固有の名称をもたないトウガラシ(唐辛子)は胡椒、辛子に比べ新参の(コロンブス以後の)香辛料であることが分かる。
 トウガラシは変異に富んでいる。現在日本列島で栽培されているトウガラシの仲間も、激辛の「鷹の爪」からほとんど辛味のない「ししとうがらし」「ピーマン」まで品種は多様である。しかしこれらの品種は互いに交配可能で、植物学的には同じ種(Capsicum annuum)に属する。辛味「あり」は「なし」に対し遺伝的に優性。ピーマンの雌しべに辛味品種の花粉が受粉すれば、翌年辛いピーマンができる可能性がある。

トウガラシ(唐辛子)




トウガラシの特性

  ナス、トマトなどナス科の野菜の中でトウガラシの仲間はいささかユニークである。一つは辛味成分(カプサイシンという物質)を含むこと。ナス科の実は一般に毒成分を含んでいるが(ナスやトマトなどの実は品種改良の過程で毒成分は失われている)、それらの毒成分のうち強い辛味を持つのはトウガラシだけである。もう一つの特徴は実の中身が“空っぽ”ということだ。

中身が“空っぽ”


ナスやトマトの実は中身が満たされている。

中身が満たされている


 雌しべの根元、子房内部にある胚珠は受精すると種子となる。この時同時に子房も肥大し、種子を包む果実となる。果実の表面の果皮は子房の組織が発達したものだ。しかしその発達の程度は植物により異なる。例えばイネの果実(モミ米がそれに相当する)の場合は果皮(モミ殻)の発達が悪く薄く、外見上果実が種子(玄米)そのものであるかのように見える(このような果実を痩果、イネ科の場合は特に頴果と呼ぶ)。しかし果菜類や果樹の実の場合は果皮の発達が著しく果肉を形成する(このような果実を液果と呼ぶ)。
 液果の場合、果皮は大抵3層になり発達する。外側から外果皮、中果皮、内果皮である。スイカ(ウリ科)の実が分かりやすい。外側の緑の部分が外果皮、その内側の薄い白い部分が中果皮、種子を含んだ赤い中心部分が内果皮である。スイカは内果皮を食べていることになる(ところで例の夏休みの宿題、スイカの種子の数を数えてくれましたか?)。同じウリ科でもメロン(ウリ)の場合は中果皮が発達し、ここを食べる。内果皮は中心部のゼリー状の部分でとても甘いが、たくさんの種子を含んでいるので食べにくい。ナス科のナスやトマトの実も、果肉が発達した液果である。トウガラシの実も基本的には液果だが、なぜか内果皮の発達が無い。その結果内部は中空となり、そこに種子が胎座(種子が付着している白く見える組織)からぶら下がっているのが露出している。辛味成分はこの種子と胎座に多く含まれる。




 どうやらトウガラシの仲間はナス科の中でも独自の方向に進化したものらしい。つまり果肉の発達を抑制し、袋状となった実の中にひたすら辛味成分を蓄積するという方向である。
 トウガラシ属の学名Capsicumはラテン語のcaps(入れ物・容器の意・英語ではcapsule)からきている。トウガラシとは“辛味を詰め込んだ袋”なのである。一体何のためにこのような進化を遂げたのだろうか(みなさんの推理をお聞かせ下さい)。
さてそこでピーマン。トウガラシの仲間の中で、ピーマンは全くの“異端児”である。肝心の辛味を失っているし、何といっても袋が過大だ。トウガラシはもともと香辛料として栽培されてきたが、 “袋”を末熟なうちに野菜として食べるというコンセプトから特別に改良されたのがピーマンだからである(注3)。中身が広くガランとしているピーマンの実は、実の内部で種子がどのように着き、どのように分布しているかを観察するのに格好の材料を提供している(注4)。

この“袋”をまるごと料理する場合、加熱時“破裂”に注意。特に油で揚げる場合は、あらかじめ“袋”に小さな風穴を開けておいた方が安全と、料理本にはある。
シシトウを食べる時しばしば激辛がヒットする(注5)。その場合あわてて口に水を含んでも無駄。カプサイシンは水に不溶。しかしアルコールには溶ける。ということでシシトウは良く冷やした強い酒を呑みながら楽しむのが合理的。
ニガウリ(ゴーヤ・ウリ科)の肉詰めは“はらわた”(内果皮と種子)を取り除かなければならない。しかし“過大な袋”と化したピーマンは種子さえ取り除けば、そのままたっぷりと肉を詰めることができる。何ともありがたい。

 猛暑と豪雨。何やら怪しいこの夏も、空っぽのピーマンで乗り切ろう。



  1. メキシコでは数千年前から栽培されていたらしい。

  2. 日本列島へのトウガラシの伝来は16世紀末、朝鮮半島からと言われている。コロンブスの“発見”から概ね100年後のこと。

  3. ピーマンへの改良は150年程前、北米で。日本での普及は戦後。ピーマンはフランス語のpiment(トウガラシの意)に由来。赤や黄色などカラフルな甘味種「パプリカ」はハンガリーで改良されたもの(Paprikaはハンガリー語でトウガラシの意)。なお緑色のピーマンも完熟すれば真っ赤になる。

  4. 果実の中で種子が直接付着している組織を胎座と呼ぶ。種子は胎座から栄養や水分を供給され発達する。胎座の出来方はいくつかあり、植物の種類により異なる。トウガラシの場合は、実の頭の部分では果皮の一部が内部に落ち込んで形成された中軸と呼ばれる組織に種子が着くが(中軸胎座)、実の先端部分では種子は果皮の内壁に直接着く(側膜胎座)。

  5. 辛味は環境要因によっても左右される。高温、水不足などのストレスにより辛味成分は増加する。同じ株のシシトウでもそれぞれの実が育った環境条件が異なる場合、辛味が違う。




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2014年08月01日

「水球を結ぶ〜ウリ科の仲間たち」明峯哲夫

夏を彩る

 梅雨が明けると、畑はたちまち盛夏の装いを見せ始める。ダイズやアズキはこれまでの鬱憤を晴らしているかのように姿が猛々しい。ラッカセイは黄色い花を落とし、次々と花柄を地中に突き刺している。ゴマは夏空に向け背を伸ばしながら、ピンクの花を増やしている。サトイモの大きな葉蔭では、ショウガが早くも芳香を放っている。
何といっても夏の畑のシンボルはヒマワリ。大輪の花にミチバチが群がる。この小さな蜂たちは畑に咲く様々な花を訪れ、受粉の手助けをしている。
こうして夏の畑は秋の稔りに向け準備に忙しい。
 夏の野菜と言えば、ナス、トマト、ピーマンなどのナス科植物。そしてその隣には、キュウリ、ウリ(メロン)、スイカ、トウガン、ヘチマ、ニガウリ(ゴーヤ)、ユウガオ、カボチャなどが地面を這い、支柱に絡みつく。これらはいずれもウリ科植物。ナス科の仲間とウリ科の仲間は、夏の畑を彩る代表的な野菜である。
 ウリ科の野菜の原産地は、その多くがアフリカ、インドなどの熱帯乾燥地域。彼らは高温、長い日照時間、乾燥などに適応している。日本列島の夏はすこぶる暑い。しかしその暑さの中でこそ、ウリ科の野菜たちの本領は発揮される(注1)。

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貯水する

 ウリ科の野菜はいずれも大きな実を結ぶ。スイカ、トウガン、ユウガオ、カボチャなどの実は、人が抱える程大きく育つ。その大きな実の中には大量の種子が宿っている。
 1個のヒョウタン(ユウガオの仲間)にいくつ種子があるか数えてみた。347個だった。同様に、ヘチマは730個。ではスイカは?(読者のみなさん、数えてみて下さい。夏休みの宿題です。報告を待っています。実の大きさの測定も忘れずに)
 ところでウリ科の種子は大きく、その栄養価は極めて高い(注2)。タンパク質と脂質の含量が高く、カロリーはラッカセイ、ゴマなどの種子と比べ遜色ない。縁側でスイカを食べながら、種子を庭先にプッと飛ばしてしまうのは何とももったいない。アフリカ、東南アジア、中国などではスイカの種子をナッツとして食べる。店先では小袋に入れたスイカの種子が売られている。煎ってあるので種子用にはならない。
 一方ウリ科の実の多くは大量の水分を含んでいる。水分量(可食部での%)は、キュウリ96.2、トウガン96.0、シロウリ95.5、ヘチマ94.9、スイカ91.0(『日本食品成分表・四訂版』)。ウリ科の実は水の塊り、水球だ。彼らは乾いた大地から精一杯水を吸い上げ、水球に貯め込んでいる。
暑い地域ではウリ類なしでは暮らせない。「ヘチマスープ」は沖縄の夏料理。食用に栽培したヘチマの若い実を、水を加えないで作る。そのヘチマが根から吸い上げる水分を、根元近くの茎を切断し集めたものがヘチマ水だ。一晩で2〜3L貯まる。よく冷やして暑さで火照った皮膚に叩きつける。熱帯アジアには独特のトウガン料理がある。いずれものどが渇いた時に好まれるという。ウリ類は“食べる”ものではなく、“飲む”ものなのだ。
 ウリ類が蓄える水分はただの水ではない。ミネラル、特にカリウムとカルシウムを豊富に含む。人の体液にもこれらのミネラルが含まれ、汗を流せば失われる。こんな時にウリ類の実は格好の“飲み物”となる。人の体液にはナトリウムと塩素(つまり食塩)も含まれるが、これらは「水球」には含まれない。そこでスイカには塩を振り、キュウリはヌカ味噌に漬け、もろきゅうには味噌を付けて食べる。
今から50年前(1964年)の東京オリンピック。この時マラソン競技で優勝したのは“裸足の哲学者”アベベ選手だった。彼は給水に特注のスイカジュースを準備し走った。スイカは彼の母国エチオピアの乾燥地帯を原産地の一つとしている。その熱帯サバンナに暮らすラーテル。毒蛇をむしゃむしゃ食い、ライオンにも立ち向かうこの“世界一恐れを知らぬ獣”は、乾季草原に転がる野生のスイカを好んで食べるという。人間界においても動物界においても、スイカなしに王者はありえない。


乾燥を生きる

 ウリの仲間が巨大な水球を結ぶのはなぜだろう。それは彼らの繁栄にとってどのような意味を持つのだろう。ウリ科植物の故郷、熱帯の乾燥地域に思いを馳せながらこの謎を解こう。
 ウリ科植物の多くは一年生。雨季に成長し、乾季には枯死し種子を残す。次の雨季で発芽に成功し、成長できる種子はそう多くはないだろう。そこで種子はできるだけ多く生産する必要がある。そのためには実を大きくしなければならない。そしてその実の中に大量の水を蓄える。こうして「巨大な水球」は完成する。なぜ水を蓄えるのか。それは若い種子がこの水球の中で育つからだ。植物の果実は雌しべの下方にある「子房」が発達したもの。「子房」とは子を育てる部屋という意味。ウリ類の肥大した子房は、羊水に浸して幼な児を育む「子宮」のようだ。
「水球」は動物に食べられないように、苦味成分(ククルビタシンと呼ばれる物質)がたっぷりと盛られる(注3)。種子が完熟する頃苦味は低下し、「水球」はかの“王者”ラーテルなど「水」を求める動物に食べられる(飲まれる)。種子は大きく硬いので消化されず、とある場所で糞と一緒に排泄される。種子が大きいと初期成育が良い。ざっと降った貴重な雨で発芽し、一気に育つ。
乾いた大地に生きるウリの仲間たち。彼らが世代交代し、生活領域を拡げていくには「巨大な水球」が不可欠だった。

この夏キュウリやスイカを食べながら(飲みながら)、彼らの先祖たちの苦闘の人生をあらためて想いたい。


注 
(1) キュウリは原産地がインド・ヒマラヤ山系で、むしろ冷涼、湿潤を好む。
(2) ウリ科の種子は無胚乳種子で、大きく発達した子葉に栄養分が含まれている。
(3) 人間の手により改良された現在のウリ類にもこの苦味は残っている。キュウリの実、特に頭の部分は苦いし、ニガウリ(ゴーヤ)は強烈な苦味を楽しむものだ。

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2014年07月01日

「ジャガイモ~収穫と保存」明峯哲夫

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カロリー作物

 
                  
ジャガイモの収穫は初夏、九州から始まります。関西や関東などでは丁度今頃。梅雨の晴れ間が収穫のチャンスです。そして北海道では夏の終わりに収穫が始まります。南北に細長い日本列島。こうして初夏から秋まで、“新ジャガ”が楽しめるのです。
ジャガイモの故郷は南米中央アンデスの高原地帯。しかし現在では世界中の人々に栽培され、愛されています。ジャガイモは“野菜”ですが、大量のデンプンを蓄え“主食”ともなりうる魅力的な作物だからです。
穀類とイモ類についてそれぞれの世界平均収量に可食部熱量を掛け合わせ、面積(1ha)当たりの熱量収量(kcal)を計算してみましょう。穀類ではトウモロコシ(12,000kcal)がトップ、コメ(11,000kcal)、コムギ(7,000kcal)と続きます。一方サツマイモ18,000kcal、ジャガイモ13,000kcalと、イモ類は穀類を凌駕する優れたカロリー作物であることが分かります。


保存が厄介

 穀物は水分含量が低い(例えば玄米16%)。そのため保存中腐ることはなく、発芽もしない(発芽には外からの水が必要)。こうして年1回の収穫分を翌年の収穫期まで保存することができます。ところが水分を多く含むイモ類(ジャガイモ80%)は、保存中の腐敗が避けられない。さらに収穫後しばらくすると芽が出てくる(発芽にはイモに貯蔵されている水が使われる)。芽の成長に伴い栄養分は消費され、イモはどんどん消耗していきます。
 ジャガイモの成育期間は約3ケ月。穀類と比べると短い。おまけに低温に強い(暑さには弱い)。昔から冷害などで穀物が不作の時、ジャガイモは人々を飢えから救ってきました。このような作物を救荒作物と呼びます(サツマイモは旱魃に強く、やはり優れた救荒作物です)。
 ジャガイモは収穫後休眠に入り、しばらく発芽しません。アンデス山中ではジャガイモは雨季に成育、その後の長い乾季にイモは休眠する。現在世界中で栽培されているジャガイモにも休眠する性質が受け継がれているのです。休眠期間は約3ケ月。成育期間とほぼ同じです。この期間内は乾燥した涼しい場所に保存し腐敗を防ぐ限り、イモは消耗しません。
北海道ではジャガイモの作付けは5月、収穫は8月から9月にかけて。収穫後イモは休眠に入り、年を越す頃目覚めます。しかしこの頃は気温が低いため発芽は抑制される。やがて暖かくなり発芽が促進される頃、植え付けの季節を迎えます。このように冷涼な北海道はジャガイモの栽培と保存に適した自然条件を備えています。ホクホクしたあの道産男爵イモの美味さが、何よりもそれを証明しています。
 夏が暑い地域では、本格的な夏がやってくる前に収穫する必要があります。そこで3月の作付けが一般的。収穫は6月~7月。収穫後のイモは休眠しながら暑い夏を乗り越えます。秋には芽が出始め、気温は高いので成長していく。こうなったら出てきた芽を片っ端からかくほかありません。それでも芽は次から次へと出てくる。こうしてイモは徐々に消耗していきます。関東や関西の風土はジャガイモの長期保存には向いていません。


最善の保存法

 ここに掘りたてのジャガイモが一山あります。しばらく“新ジャガ”の味を堪能することにしましょう。新ジャガの表面の皮(周皮)はまだ発達せず薄い。小さなイモは皮を剝くのが面倒ですが、新ジャガなら皮ごと(例えば油で揚げて)そのまま食べられます。
秋を迎える頃、芽が出てきました。これからは消耗する一方です。そこで考えました。食べ残したイモの一部を畑に植え付けてみたらどうかと。幸いこの頃は夏の暑さも峠を超え、涼しい季節は目の前です。こうすれば冬の始め、畑では二回目のジャガイモ収穫期を迎え、再び掘りたての“新ジャガ”を手にすることができるのです。ジャガイモの保存に適していない暖かい地域で考え出されたのが、このジャガイモの“二期作”です。
 イモを地上で保存すれば、徐々に消耗していきます。しかしそのイモを地中で“保存”すれば、イモは目減りするどころか“増えてしまう”。栽培とは最善の収穫物保存法なのです。
posted by グレイニスト at 22:17| COLUMN 明峯哲夫先生の畑の食卓学