2013年05月08日

こどもによみきかせる食の歴史&食の知恵 赤毛のアンの黒さとう

ann01l.gif赤毛のアンのお話しの中には、とってもユニークな愛すべき少女、アンが巻き起こすとっても面白い「事件」がたくさん盛り込まれています。

孤児院で暮らしていた12歳の少女は、まちがい、手違いがあったことが功を奏して、初老の兄と妹(マシユウとマリラ)の家族となったのでしたが、幸せが訪れたのはアンだけではなく、生涯結婚をせず、寂しく兄弟だけで暮らしてきた彼ら達にも本当の家族愛という、かけがえのない幸せをプレゼントしていくわけです。

この愛の物語の中で、アンの引き起こす大笑いしてしまうような事件の数々は物語をより面白くする大切なエッセンスといえるでしょう。

でも、さらに私たちの心を引きつけるのは、家庭の温かさを表現する食べものであったり、季節の手仕事、季節の移り変わりが生かされる生活の息づかいそのものなのかも知れません。そして、また、多方面で一つ興味深いことは、今から100年前の台所事情、社会情勢をかいま見ることが出来ること・・・ともいえます。

当時流行のパフスリーブ(大きなちょうちん袖)の服を着たいと願っていたアンですが、厳格主義のマリラはちっともその願いを聞いてはくれません。マシユウがどうしてもプレゼントしたくて雑貨屋さんに服地を買いに行く・・しかし引っ込み思案な彼はどうしてもそれが言い出せない・・・そこで、店員の女性に、不必要な砂糖や牧草の種等を注文してしまいます。

おずおずと持ち帰った砂糖を見て、マリラが叫びます。

「よくもまぁ・・・こんな安物の黒砂糖をたくさん買ってきたもんだ・・・」
「これじゃ上等のケーキは焼けないから、雇い人のお昼のケーキにしか使えないよ!」

びっくりですね。皆さんはお砂糖は白いもの。黒い砂糖があるのは知っているけれど、それは他の用途があるときに使うんだろう・・・と思っていませんか?

今のように、白砂糖がどこでも手にはいるようになったのは、ほんの100年ほど前、それまではお砂糖は結晶のまま(塊)であったし、色も黒かったのです。そもそも庶民の手には届かず、王族の薬として認識されていた時代もありました。そのお話は以前にしましたね。

長い間、お砂糖で作られていたお菓子は、ふわふわして柔らかいものではなく固い日持ちのするそう・・・・おせんぺいの様なものであったに違い有りません。

アンの物語が書かれた少し前から、急速に工業技術が進歩して、小麦の粉は白く、細かくなり、お砂糖も粉になり、白くなっていったのでした。

けれども、白い粉やお砂糖は「色」と共に自然の栄養素もそぎ落としており、
これらを愛用し過ぎた人が、太りすぎて、メタボになったり、肥満がもとで病気になったりする事になってしまうのですから、不思議ですね。

ちょうど、日本の江戸時代に白いお米を食べ過ぎた江戸の民が五万人も原因不明の「江戸煩い」になって命を落とした・・・という事件に似ていませんか?

夢のような上等な食べ物が、実は食べ過ぎると不健康になるものであったとは?アンもマシユウもマリラも・・・・誰も気付かなかったでしょうね!

おしまい

2013年03月29日

こどもによみきかせる食の歴史&食の知恵 赤毛のアンのモック・チキンパイ

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前回は、赤毛のアンにまつわるたべものの話をお届けしました。今回からさらに3回連続で、アンの時代、つまり100年ほど前の欧風世界の食べものの話をしようと思います。引き続きお楽しみ下さいね。

赤毛のアンの作者モード婦人(LMモンゴメリー)の息子さんであったスチュワート・マクドナルド医師は、おじいさんになったからも、母親が作ってくれた「モックチキンパイ」の味が忘れられず、親しい人達に良くその思い出話をされたそうです。

息子が老齢になっても忘れられない母の手料理、「モックチキンパイ」とはどんなものでしょうか? 英訳すれば一言、「まがいもののパイ」となってしまいます。まがいもの・・そういわれると、想像するところは、良く私達がだまされる、「産地偽造」や「製造年月日不正表示」、「添加物の表示責任逃れ」等ではないでしょうか?
「モック」この言葉については、少し説明が必要なようです。

偽造や不正、そこまで言わなくても、他のものをそれらしく使って誰かをだます、そんな手法を凝らしたパイ???

いいえ、いいえ・・・そんな代物が忘れられない母の手料理の味でなんかあるはずもありません。

では、皆さんは「モッキングバード」というおもちゃをしっていますか?「もの真似鳥」と訳されるこのおもちゃは、ゼンマイをまいておけば美しい鳴き声を聴くことができる「鳴きまね鳥」のことです。

今では、電池さえあれば、簡単におもちゃの鳥を鳴かすことも飛ばすこともできる世の中となっていますが、昔は、目を見張るようなおもちゃ、誰もが驚く良くできた工作品であったに違いありません。

その「モッキング」と同じ意味の「モック」という言葉は、このおもちゃにちなんで「もの真似」を訳す方がよいのかも知れません。つまり、「もの真似パイ」ですね。

洋風料理というと、設えは肉類が中心、チーズがどっさり、バターがどっさりを食べるものと思ってしまうう風潮がある昨今です。それに対して日本食は魚介類が中心、野菜も多くなり健康的であるという理解がされています。

しかし、欧風料理の家庭料理の極地、「もの真似チキンパイ」の中身は、くず鶏肉と、その焼き汁です。

まれに、お祝いのパーティーやお客様にお出しする鶏や七面鳥料理、特に丸ごと焼いたロースト。その食べ残りの骨についている「くず肉」や皿に残る美味しい焼き汁などを丁寧にこそげて集め、パイのフィリング(パイの充填物)として利用する、モックパイはカロリーオフで、栄養満点の美味しい手料理だったのです。さらに言えば、パイのもととなるはずのバターの代わりに使用されたのは豚の背脂、いわゆるラードとなる部分でした。豚をつぶしても、大量に取れる脂の部分も保存して有効活用したのです。

もともと、鶏や豚を食べるということは、家禽であるかれらを「つぶして食べる」という行為を表します。誰か家の人がその作業をするのですから、小さな子どもといえども、動物の鳴き声や散らばる羽、残った皮を見ずして肉を頂くことは出来ません。

そこに走り回り、えさを食べていたお馴染みの動物たちの命を頂くことの意味合いの深さは家庭料理に具現されています。

くず肉一つとして捨てずチキンミンチパイに使う。または、焼き汁煮汁の一滴までも、骨を煮込んで得るゼラチンで固め、焼き上げたパイ型に詰める。脂はパイに練り込んで使い、骨の髄からゼラチンを得る。そこから生まれる忘れられない手料理に込められて伝わってきたはずの洋風家庭料理が意味する「それぞれの国、それぞれの地方での食の文化の深さ」を知ってもらいたいとおもう、そんな朝子先生なのです。

次号に続く

2013年03月20日

こどもによみきかせる食の歴史&食の知恵 赤毛のアンのふくらし粉

今月は赤毛のアンから、お話を一つ。
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 このお話は、「孤児だったアンが、農作業を手伝ってくれる男の子がほしいという希望を持っていたマシュー、マリラという老齢の兄弟に縁があって引き取られ、いろいろなことを乗り越えて幸せな未来を築いていく」というもので、作者はモンゴメリーという女性です。

 カナダのプリンスエドワード島には、現在でもモンゴメリーの生活した当時の町の様子がそのままに残されていて、このお話のファンがたくさん訪れることで有名です。建物、自然そのもののどちらもが「物語のアンの世界」のまま、とても魅力的に保存されています。

 アンのお話の中には、今から100年ほど前の食卓が細かにつづられていて、これもこの物語の人気の秘密です。

 桃色の砂糖掛けのクッキー、何層にも重ねられたレイヤーケーキ、まるで貴婦人の指を思わせるように白く柔らかに焼き上げられたレディーズフィンガー、色とりどりのゼリー、アイスクリーム、ふわふわのレモンケーキなどのお菓子類はアンの生活を生き生きと描く大切なエッセンスとなっています。
 
 アンの物語を夢中で読んだ少女は、日本にもたくさんいました。ちょっぴり昔(!)少女だった朝子せんせいも、そのひとり。想像力あふれる明るいアンの 成長に自分を重ねながら、「ヨーロッパやアメリカやカナダの人は大昔から、こんなおいしそうなお菓子を毎日食べていたんだなぁ…やっぱり日本とは違うのね」とあこがれたものでした。
 
 でも大人になって、食べもののことを勉強してみると、それは間違いだったとわかりました。ふわふわのケーキやキラキラのゼリーは、アンの時代に登場したばかりの食べものだったんです。

 ちょうど100年前の当時は品物の生産技術が驚くべき進歩を遂げている時代でした。お砂糖が白くなり、小麦粉が白くなり、お菓子をふんわりと焼くために使う「ふくらし粉」が発明され、大量に工場で作られて遠い国まで運ばれて売られるようになってきた、そんな時代の始まりでした。ゼリーを作るために必要なゼラチンが町の雑貨屋さんで買えるようになったのもちょうどこのアンの時代くらいから。
 
 他の生きもののいのちをそのまま頂くシンプルな「昔の食生活」から、手の込んだ加工が加えられる「商品」を買う「新しい現代生活」へ。そういう大きな 変化があった時代といえますね。
 
 あまりにすてきなテーブルに並ぶごちそうやお菓子に夢中になりすぎた私たちは、アンの時代から100年たった「新しい現代生活」にあって、たくさん白いお砂糖を食べすぎて病気になったり、白い粉や白いご飯をたくさん食べているのに栄養が足りなくて病気になったりしています。
 
化学薬品を数種類混ぜて作るふくらし粉(ベーキングパウダー)がドイツで発明されたのが1893年、その5年後には工場で大量に作られ、世界中で売ら
れるようになりました。たべものの中に、化学物質が入る記念すべき最初の一歩がこのお話には隠されています。