2017年04月03日

Vol.4 粉(こな)にする過程も手段も変遷〜粉の挽き方、粒経揃え〜

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前号Vol.3では、穀物として最も古い起源を持ち、今も穀物の中で、全世界で最も生産量の多い「麦」を取り上げ、その「栽培の始まり」と「原種」についてお話ししました。麦はヒトによって栽培=作物化され、野生型から栽培型へと変わってきたのでした。
 今回は人類五千年の歴史の中で、ヒトは麦をどのように食べてきたか、その歴史から私たちは何を学ぶべきかを考察します。
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製粉の歴史


ヒトの主食である穀物の食べ方は、そのまま粒で食べる粒食(りゅうしょく)と、粉に挽いて食べる粉食(ふんしょく)に大別されます。
米は外皮(モミ)と内皮(ヌカ)が剥がしやすく、硬い胚乳部を取り出して煮るだけで食べられたので、主に粒食となりました。
一方、麦の外皮は厚く硬く、柔らかい胚乳部に密着していて、容易に分離できません。
そのため、麦は粒のまま砕いて粉にしてから皮を分離し、粉末の胚乳部を食べる粉食となりました。
 
野生の麦の粒をヒトが初めて口にしてから、現在の大規模化した製粉工場に至るまで、粉にする過程=製粉の歴史を詳しく解りやすく説いたHPがあります。
木下製粉株式会社(香川県)HPの「製粉の歴史」です。ご一読をおすすめします。
参考:http://www.flour.co.jp/history/history13.php

 麦の粒を口に入れ、歯で砕いて飲み込んでいた数千年を経て、紀元前三千年紀のエジプトで、穀物を2つの石の間で擦ったり叩いたりして粉砕するやり方を誰かが考えつきました。
それが最初の粉砕器・サドルストーンとなって何千年と続き、次にギリシャで上石に取っ手をつけ、下石を平らにしたスラブミルへと進化し、さらに粉砕面を傾斜させたプッシュミル、取っ手の片方を固定したレバーミル、円運動のアワーグラスミル、さらに効率的な円錐状のカーン(石臼の原型)へと進化したのが紀元前5世紀頃だそうです。

 動力は人力、馬や牛などの畜力、水力、風力へと進化しますが、粉砕部分は石臼のまま16世紀まで続きます。
円錐型ローラーを取り入れたラッメリ製粉機(1588年)、シリンダー型ローラーを設置したベックラー製粉機(1662年)を経て、現代のロール製粉機が発明されました。
速度差のある2つのロールで小麦を細かく挽き、それを細かくふるい分け、今では一粒の小麦を最終的に40種類前後の最終製品に採り分けるようになったのです。


製粉の“進化”の過程で失ったもの


このように、ヒトは人知を尽くして、より効率的に「粒を粉に」してきました。
しかし、グレイニズムの観点から、いのちの糧である穀物を考えると、製粉の“進化”の過程で失ってしまった「value=価値あるもの」もあるのです。
それらを4つに分類して、解き明かしていってみたいと思います。

まず、水を介する製粉が失われたこと。

はっきりした史料は残っていませんが、大昔、硬い穀物をすりつぶすには、少量の水分を介してつぶしたはずです。
挽く前に穀物に水をうって柔らかくする、その準備の中で、発芽モード(生命活動に必要な水分を自己給水し、発芽、発根活動にスイッチオンした状態)にもなっていたと推察します。

この推察は、狩猟採集時代から農耕に移行した日本の縄文時代などでも見られる、半栽培した栃の実やドングリを水にさらすことによって、えぐみ(動物が食べると阻害を被りかねないアブシジン酸や各種インヒビターのような自然毒などを含む)を緩和して食した食文化史が根拠です。
このドングリの例は、元々サルであった人類の祖先が、いわば、水によって食べものニッチを拡げる努力をしていたことを示しています。

次に、穀物を浸していた水分ごと食べる習慣が失われたこと。

現在の小麦粉を使ったパンは、たまたま、水で練られた小麦の粉が常在菌(天然酵母)によって発酵し、その菌が生命活動の証として作った気泡が、グルテンの「つなぎ効果」によってパン生地にすきまを残すことで、ふっくら、みずみずしく焼き上がったおかげで誕生しました。
それ以前は無発酵のパン、その前は外皮を除いた小麦粒を湯で煮た“おかゆ=ポーリッジ”が何千年も小麦の食べ方の主流でした。
さらに、もっと昔には口の中で穀粒を噛み、固い外皮を吐き出しながら、可食部分を唾液とともに胃に収めたという歴史もあったでしょう。

三つめに、粒の大小(粒経)が揃い過ぎ、細かくなり過ぎたこと。

製粉の“進化”の過程から見て、ヒトが生命の糧として食べてきた小麦の粉は、もともと粒経が不揃いで、粒の粗いものでした。私たちは、その粉の歴史のその原点も忘れています。

小麦は、捏ねると胚乳に多く含まれるタンパク質であるグリアジンとグルテニンがグルテンという粘り気を持つタンパク質に変化し、いろいろな食物と一緒に食べると、食品中の油脂やタンパク質とよく結合して、非常に水に溶けにくく、加水分解の一種である「消化」がなされにくいものになってしまいます。 

わかりやすい例を挙げると、良く捏ねて作ったべたべたしたドゥー(パン種)は、両手のひらや指の隙間にこびりつきがちです。
小麦粉パンを自分で作ったことのある人にはお分かりだと思います。
この厄介な「べたべた」は小麦の粉が細かければ細かいほど、指紋の隙間にまで入り込み、水で洗って取り除こうとしても無理です。
両手を擦り合わせて、まるで、垢(アカ)を擦り取るようにするしか取り除く方法はなくなってしまいます。
以前に、特殊な製法でナノレベルにまで粉砕した小麦粉でパンの生地を作った職人が、こねた生地が手に膜を作ったようにこびりつき、とうとう、包丁の刃でこそげ取るしかなかった現場に立ち会ったことがあります。
これが、消化器官内で起こったとしたら?考えただけでも恐ろしくなります。

水に溶けないから、消化できなくなる、この「難消化」は具体的には、タンパク質であるグルテンをアミノ酸にまで消化できずに、ペプチド(アミノ酸が結合したままのタンパク質よりは小さな分子)レベルのまま、腸管より吸収されてしまう可能性があることを意味します。
グルテンペプチドは、脳には麻薬様物質として誤認され、特に精神面での様々な不健康を引き起こすことがわかっています。

小麦を食べると体調が悪くなる人が出て、昨今「グルテンフリー」の食生活が注目されているのは、こういうところに原因の一つがあることを知っておいてほしいと思います。

最後に、4つめは、一物全体食から遠のいてしまったこと。

一粒の麦を細かく挽き、それを細かくふるい分けてブレンドする近代製粉は、外皮の部分をふすまと呼び排除し、一粒全体を食べる機会を失わせました。
いのちある穀物、蒔けば芽を出す穀物のいのちのエネルギーを丸ごといただく食文化から、ヒトは遠く離れてしまったようです。


今こそ、グレイニズムの提案


グレインズ・イニシアティブが広めつつある穀物の正しい食べ方は、上記のような現代の粉食文化へのアンチテーゼと言えるでしょう。

玄米・雑穀を充分に浸水して発芽モードにし、粒経が不揃いに粗くなるよう水中粉砕して、例えばパンを焼き上げる。この手法なら、製粉機なしでも穀粒を粉砕でき、穀粒を丸ごと食べることができます。
さらに言えば、穀物粉はいずれにせよ水分を加えてこねて加熱して食べるのですから、穀粒を水中粉砕し、それを加熱しても同じことなのです。
ヒトが手にした穀物食・加熱食の文明的な意義を踏まえ、粒食と粉食の“いいとこ取り”をした健康的な食べ方へ。私自身、さらに学びを深め、伝えていきたいと思います。

posted by グレイニスト at 10:25| グルテンフリーの真実